付録B HTML 人物列伝
HTML は、一人の天才が完成させたものではありません。ここでは形を決めた数人を、肩書きではなく「結局、何をした人なのか」で短く紹介します。
Tim Berners-Lee(ティム・バーナーズ=リー) — Web を「無料の公共物」にした人
1989 年、CERN の研究者だったバーナーズ=リーは、組織内の情報がつながらない不便さを解こうと、一枚の提案書を書きました。上司のマイク・センドールは、その表紙に「Vague but exciting...(曖昧だが、わくわくする)」と走り書きしました。却下ではなく、ゴーサインです。
最初の Web サーバーは、彼の NeXT コンピュータ 1 台でした。本体には「This machine is a server. DO NOT POWER IT DOWN!!(これはサーバーです。電源を切らないこと)」という貼り紙。誰かがうっかり電源を切れば、世界にひとつしかない Web が止まったのです。
ただ、本書の文脈で何より大きいのは、彼が Web を特定企業の製品にしなかったことです。HTML・URL・HTTP は公開された約束として設計され、のちに CERN はこの技術を誰でも自由に使える形で手放しました。Web が一社の所有物にならなかった出発点は、ここにあります。
Ian Hickson(イアン・ヒクソン) — 「現実」を仕様に書き写した人
通称 Hixie。HTML5、そして版で止まらない HTML Living Standard の編集を長く担いました。彼の仕事を一言でいえば、理想の文法を空想で書くのではなく、実際のブラウザがどう振る舞っているかを徹底的に調べ、それを仕様の言葉へ書き写したことです。本書で繰り返し出てきた「壊れた入力をどう回復するか」の細かな規則は、この姿勢の産物です。
彼はまた、ブラウザの表示が仕様どおりかを試す有名なテストページ Acid2・Acid3 を作ったことでも知られます。仕様を書くだけでなく、実装が仕様に追いついているかを測る物差しまで用意した人でした。
Håkon Wium Lie(ホーコン・ウィウム・リー) — 見た目を HTML から追い出した人
1994 年、やはり CERN にいたリーは、文書の見た目を HTML 本体から切り離す仕組み——CSS を提案しました。font や center のように見た目を要素へ埋め込む流れに対して、「構造は HTML、見た目は別の言語」という分担を現実の仕組みにした人です。本書では主役ではありませんが、彼の提案がなければ、HTML はもっと見た目の都合で濁った言語になっていたはずです。のちに Web ブラウザ Opera の CTO も務めました。
3 人に共通するのは、HTML を「自分の作品」として囲い込まなかったことです。公開し、現実に合わせ、役割を分ける。本書で見てきた HTML の性格は、こうした人たちの選択の積み重ねでもあります。